2007年03月25日

10年前の日記(続き)

 私の日記は、夫と一緒に暮らしはじめるまで続いていた。

 1997年から夫と暮らしはじめたので、以後は白いページとなった私の日記。
 最後のページには、こんな事が書いてあった。


「1997年8月××日
(前略)
私は人間として生まれてくるべきでなかったのかも
犬とか猫とか虫とか、生きる事だけに集中しなければいけないものの方がよかったかも
私は、自分がこうあるべきだとか、色んな事を考えすぎて、苦しんだり我慢したりで、いつも精神がぴりぴりしている気がする
人に対して優しく出来なくなってしまった気がする
私の心はどこに行ってしまったのだろうか
私は、自分の意思で生きているのだろうか
やっている事、全てに対して、言葉、態度・・・
これは自分の意思なのか、望んでいる事なのか、
こんな自分、この自分は本当に本当の私なのか
現実をみなければいけないのだけれど
自分の存在が解らない。何故私は生きているのか。意味があるのか。
一人でどこかで死んでも何も影響はないし
そしたら何のために今があるのかと思うけれど
無駄な事のために?
最初から、昔から孤独だった
宗教(注)とかバスケとか仲間とか、そんなんじゃ埋められないんだよ
なんでだろう・・・
ただの寂しがりやなのかな
私の事だけを見つめてくれる○○がいてくれるから
今はまだいい・・・
でも、大切なものって何なのか、解らない
見つけられた人がうらやましい・・・」

※支離滅裂な文章でイラつかれた方もいらっしゃると思います。申し訳ありません。


 これが私の最後の日記、と思ったら泣けてきた。
 昔からずっと、私は答えの出ない悩みで苦しんでいたんだ。もっと早く気が付けばよかった。もっと早く自分に向き合えばよかった。

 この頃の私の悩みは、夫との間柄についてだけでなく、仕事や家族の事など色々と重なっていた。

 私の悩み事に、夫はよく相談にのってくれていた。私の事をよく理解してくれ、私の心の支えとなってくれていたので、私は夫を頼りに思っていた。
 他方では夫との事で苦しんでいたのも確かだったのに。夫の要求(束縛)にほとほと疲れながらも、夫について行く事にしたのは、最終的には私の意思によるものだった。

 あの頃は、それが幸せへの近道だと思い込み、自分の感情を抑える事の方が受け入れやすかったのだろう。
 しかし、いくら自分を殺して、相手に尽くして、努力しても、うまくいく事はなくて、幸せになるどころか、心身が疲れ果ててしまった。

 でも・・・ようやく私は気がつく事が出来たのだ。
 私はACの特徴である共依存症の傾向があると気付いた。
 私は、人に必要とされる事でしか自分の存在価値を確認する事が出来なくて、自分を大事にする事が出来なかった。

 今からでも自分を大事にする事は出来る!今からでも遅くないよ!そう自分に言い聞かせる。今まで遠回りをして生きてきてしまったけれど、これから自分のために生きるのだ。

 決して「自己中で我がままに生きよう」と決心した訳ではない。
 私は、自分のために生きる事が、とても大切なのだとようやく気がついたのだ。



(注)私は小さい頃から母が信仰する、ある新興宗教に度々連れて行かれたが、色々矛盾する事が多く信じる事が出来なかった。
posted by ブラン at 22:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは

私も無宗教なので、かも知れませんが、お母さんに度々連れて行かれても信仰しなかった、というのは、ブランさんはちゃんと冷静に物事を見られていたんだと思いますよ。ご主人のモラハラに悩んでいたなら、その後に入信してしまったとしても不思議はありませんもん。

私は、何でも最後は人、だと思うのですよ。全て人がしていること、なんですね。だから、洋の東西を問わず神仏の存在を信じません。ですが、人は信じられます。もちろん、信頼に足る人のほうが圧倒的に少ないですけど、でも、自分をちゃんと理解して、信じられる人が一人でもいたなら、それで充分だと思っています。

人を信じて力強く歩みましょうね。
Posted by 射手座のAo at 2007年03月26日 21:39
射手座のAoさん、こんばんは

はい、仰るとおり、最後は人だと思います。
人生を生きていく中で、現実に向き合う中で、世の中は信じるに足る、ちゃんと、信頼に足る人はいる、失望することはない、と思える私がいます。(^^)

昔の日記で私は「仲間とかそんなのでは埋められない」と書いていますが、人に心の隙間を埋めてもらうのではなく、まずは自分が自分を信じなければ始まらないのですよね。
自分を信じられるから、人も信じられるのですよね。

自分の目で、心で感じた事を信じ、歩いていきたいです。
お蔭様で私は今、「仲間」の存在にとても助けられていると感じています。(^^)

コメントありがとうございました!
Posted by ブラン at 2007年03月26日 23:16
ブランさん、こんばんは

私も結婚するまで途切れながらもずっと日記を書いていました。
ブランさんの日記を拝見して、あの頃の自分を
ぼんやり思い出しました。
私も何か自分が浮遊している存在に思えて
いったい自分が何を求めているのか
なにがあれば自分が満たされるのか、ということを
思っていたようです。

それを私は元夫によって心を埋めようとしました。
最初は満たされたように感じたのですが
それがまた苦しみのはじまりでもあり…
結局今に至っているわけです。

今、やっと自分の足で立っている気がするんです。
以前はひとりだけの時間を、なんとか
他の人で埋めようとしていました。
でも今はひとりの時間がとても落ち着くんです。

ブランさん、大丈夫ですよ。
きっと、大丈夫!
Posted by ウメ at 2007年03月27日 22:44
ウメさん、こんばんは

昔の日記を読み直し今までを振り返っていたら、思えば、私はずっと自分の存在が空虚に感じられ、満たされない思いに悩んでいたのだなぁ、と思いました。

そんな自分の心の隙間と共鳴するところがあったのでしょうね。
夫の隙間を埋めてあげる事が出来たら、自分も満たされる気がして進んで尽くしました。

でも、いくら尽くしても夫の隙間が埋まる事がないばかりか、その事の責任まで抱え込むことになってしまったのですから、そのような関係は無理があるのですよね。私も、やっとそれに気が付きました。

ウメさんがとても輝いて見えるのは、ご自分の足で立っていらっしゃるからですね。
私もそうなりたい・・・!
まだまだ迷う事もありますが、少しずつ進みたいです。
「大丈夫」この言葉がとても嬉しいです。

コメントありがとうございました!(^^)
Posted by ブラン at 2007年03月28日 00:27
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。