2007年06月04日

離婚までの経緯

 結果的にいうと、元夫から拒否され、長期戦になりそうに思えた離婚の話が、その後あっけなく話がついた。
 今、私は晴れて一人身となれたけれど、そこには、M&Mさんからとても的確なアドバイスをいただき、私が夫へのそれまでの対応を変えた事が重要なポイントとなったので、記しておきたい。

 私は出来るだけ相手の都合を配慮し、気持ちを尊重して離婚手続きを進めようとしていたけれど、相手は自分の都合、自分の気持ちが優先で、こちらの気持ちを尊重しようとしないのだから、当然ながら、壁にぶちあたった。

 昨年私が家を出てから何度か会い、話し合いを重ね、離婚には合意できたけれど、離婚届は4月に出すこと、と約束していたのに、その約束を反故にし、元夫は気持ちが納得いくまで離婚届にはサインしない、と宣言した。私はショックを受け、落ち込んでいたが、M&Mさんの指摘にとても勇気づけられたものだ。

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何度も繰り返してしまいますが、基本的にモラ夫のすることというのは、同じで
す。

つまり、

・自分の都合が一番
・自分の感情が優先
・自分が得をすることが何より大事

これにそぐわない自分に都合の悪いことをしなければならなくなると、

「ひどい」
「冷たい」
「わがまま」
「勝手」
「とても許される事ではない」

などの言葉で相手を責めます。

また、自分が損することの次に、妻の喜ぶことが嫌いです。
自分になんの害もなくても、妻が喜ぶと自分が損している気になるみたいです。

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 そうだ、私の夫は、モラだったんだ・・・だから、普通に相手を尊重した対応をするのは×で、モラに適した対応が必要なのだ・・・と悟った。落ち込んでいる場合ではない、と思った。

 アドバイス頂いた重要な点は、「夫に、すんなり離婚した方が得と思わせること。」

 そうしてつくったメールには、次のような内容を盛り込んだ。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 すんなり離婚するのは無理のようなので、調停を申し立て第三者に間に入ってもらい、離婚を要求するつもりでいる

 その際は、すんなり離婚出来たら請求しないでおこうと思っていた慰謝料や、財産分与の請求もするつもりでいる

 法的に夫婦であるので、婚姻費用の分担が請求できるはずなので、別居してからの分と、別居が続く限り毎月加算して請求する

 年金の分割も、私が一緒に過ごした期間分は私の国民年金を差し引いた額の2分の1に権利があるので請求する


 そして最後に、すぐに応じてくれる事を望んでいるけれど、翌週になっても私の元に離婚届がとどかなければ、調停を申し立てるつもりでいる、と締め括った。


 すると、、、結論から言うと、元夫はすぐに応じた。
 けれど、元夫の気持ちを理解しない私を責めるような、泣き言のようなメールも何件か入るというオマケがついた。

 私は元夫が本当に怖くなった。上に書いた私が要求するつもりだと宣言した内容は、どれも当然の私の権利と思えるものだったから、元夫が私にしてきた事を今回改めて自覚し、償うと申し出るかもしれないと思ったりしたのに、夫の反応は「ブランちゃんがそんなに私を恨んでるのが辛い、、、」という泣き言ばかりだったのだ。

 私は自分の権利なんか放棄してでも、離婚させてくれたらそれでいいと思っていた。でもそれは、別居してから夫が私に対してずっと謝罪していたからだった。

 元夫の謝罪は、許されるための謝罪でしかなかったようだ。許すか許さないかはこちらの気持ち次第のはずなのに、そうじゃなかった。謝罪しているのに許さない私が段々と悪者になっていくのだ。

 結局元夫に私の気持ちなんて何も伝わらなくて、最後まで被害者気取りの元夫の事が本当に怖くなった。
 何をしても私が悪者で、いつの間にか元夫が被害者のようになっている。


 もう、なるべく接点を持たないようにするしかない。
 最後、手続き関係の報告をするために、元夫にメールを書こうとするのだが、元夫にメールをすると、すぐに恨みごとや泣き言のメールが返ってくる気がして出来なくなってしまった。元夫との接触は本当にストレスで、恐怖でしかない。

 このところ不眠症が再現していて、眠れなかったり、眠れても1時間半ごとに目がさめるとか、睡眠不足気味だ。
 このところ、安定していた生理が2週間遅れた。昔から生理不順気味だったが、元夫と暮らしている時は、3〜4ヶ月来ない事もあった。さすがにそこまで遅れた時は焦った。セックスレスのくせに妊娠したのかと検査薬を買って検査したりした。我ながらアホだと思う。(爆)いや、ここは笑うところじゃない。(^^;)


 とにかく、これからは、私は自由だ。心の回復はゆっくりしていけばいい。

 離婚し、モラから離れる事が出来たけれど、このブログは続けて行きたいと思う。カテゴリを私が経験したモラルハラスメントについて以外も増やしていこうなどと考えている。

 そしてこれから、どんな風に自分の人生を生きるか、楽しみたいという気持ちでいる。
 今後もどうぞよろしくお願いします。


 最後に、絶好のタイミングで、完璧なまでのアドバイスをして下さったM&Mさんに心から感謝します。
posted by ブラン at 22:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

静かに、ひっそりと

 今日私は市役所に出かけ、離婚届を提出し、受理されたので、正式に離婚が成立しました。

 私は今居住しているところに住民票を移していなかったので、まず転出の届をするために以前住んでいたところの役所に行き、それから今住んでいるところの役所で転入と離婚届を同時に提出したので、半日くらい潰れてしまいました。でも書類の手続き自体はあっけないものでした。

 元夫との結婚生活では、私なりに精一杯努力したつもりだったけれど、何も積み重ならなかった事が虚しく、挫折感で悲しくなる事もありますが、それでも、自分が望んで結婚生活を終わらせる事にしたのだから、淡々と手続きをするよう努めました。

 戸籍は私だけのを作りました。ちょっと寂しい気がしたけれど、これから人生の再出発だから、身軽な方がいいのだと思うし、もう夫は元夫となり、法的にも私は彼の面倒をみなくていい事になったんだから、気が楽になるなぁ、と思いました。こんな終わり方をしてしまったけれど、自分の今後の課題も見えた気がするし、後に残った負の感情はこれから少しずつ消化していけばいいのだと思います。

 今日はとにかく、ここまで来る事が出来た自分を労いたいし、ここまで、たくさんの方に助けてもらった事に心からお礼を申し上げたいです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
私一人だったらとてもここまで来る事は出来なかったです。温かい励ましや共感、そして的確なアドバイスをいただいたり、前向きなメッセージをずっと送り続けて下さった皆様、本当に本当に、ありがとうございました!



(今日のうちに書いておきたかったので簡単なご報告となってしまいました)
posted by ブラン at 23:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

心にひろがる青空

 先日、公共料金口座引き落としについて書いて、放置してしまった自分を反省したので、早速口座変更のための書類を手配し、夫にその旨伝え、手続きをよろしくお願いしますとメールした。また、胸の奥にしまっておこうと思っていた事もぶつけてみた。

 すると、夫の反応は、、、「恨みつらみが書かれて辛い」、というものだった。でも、離婚には応じてくれる事になった。

 この経緯については、自分の中で整理が出来たらブログに書こうと思っているけれど、私は決して感情的になって夫を批難した訳ではなく、淡々と書いたつもりなのに、「恨みつらみを書かれて辛い」という夫の反応には落胆したし、混乱した。

 「私のせいなの?また私が悪い、という事にされるの?」と、苦しくなってしまった。動悸と眩暈と過呼吸で起きていられなくなった。


 二日経過し思うのは、私が家を出てから謝罪一辺倒の夫だったから、やり直すかどうか悩んだ事もあったけれど、やっぱり、ちっとも解ってくれてなかったのだと、ようやく理解できた。家に戻らなくて正解だった、と心から思った。

 結局私の片思いだったのであって、思いが伝わる事はなかったのだ、、、という、喪失感にも襲われたし、虚しい気持ちもあるけれど、それでも、離婚に応じてくれる事になったのだから、ほっとしている。

 昨夜、妹と父が「たまには一緒に飲もう」と私の部屋にやってきた。父とは一時期関係が悪化したが、今は穏やかに、お互いを尊重する間柄になれたように思う。とても嬉しい。

 そして、私がつくったスープを美味しいと喜んでくれ、美味しい日本酒をつぎあいながら、楽しい時間を過ごした。

 今、昨夜の光景を頭に浮かべながら、自分が手に入れたこの穏やかな暮らしが本当に嬉しい、と実感する私がいる。夫と離れたからこそ手に入れる事が出来たのだ。社会的な面やあらゆる面で、夫がいる、という事は、一人でいるよりも安心感があるものだと思うけれど、それを手放しても一人になってよかったと心から思った。


 この決断をするまでに、モラルハラスメント・ブログのまっち〜さんの「モラといた日々」と「モラのいない日々」という記事と、この共同企画に賛同されている方々のブログを、何度も拝読させていただいた事を思い出す。私も自由になりたい、「心の自由」を手に入れたい、そう願い、決断し、行動に移す事が出来た。

 今日、改めてまっち〜さんの記事を拝見させて頂いた。
 まっち〜さんは、再婚され、今のご主人との暮らしの事を

「俺の責任だ」と言われることがあっても、
「お前のせいだ」と一度も言われたことはない。

と書かれている。私の夫は全く逆だったなぁ・・・とつくづく思った。私の夫は、悲しい表情でいじけ、私を責め続け、それは最後まで変わらなかったのだ。

 夫がモラかどうか、悩んで悩んで悩んだけれど、問題はその事なのではなくて、夫との生活で私が混乱し辛いと感じた事で、それが真実だったのだ、と思った。


 今日の私の心には、青空が広がっています。
 今日の私がいる事を、心から感謝します。
posted by ブラン at 07:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

今日から仕事

 世間ではGWは今日で終わりだけれど、私は今日から仕事だった。
 個人経営の会社に勤めているから休みが少ないのは仕方ないとして、それでも、GWの前半後半合計して4日間も休めたから、ここのところ精神的にいっぱいいっぱいだった私としては、この休日はとてもありがたかった。

 4日間は何かしら用事があり出かけたりして過ごしたけれど、一日の大半をぼーっとして過ごしたり、布団にくるまって横になって過ごしたり、結構のんびりすることが出来た。

 部屋の片付け・お掃除も少しはしたけれど、「何もしない」贅沢を満喫した気がする。何もしたくなくて、思うまま、ぼーっと過ごすのって、とても贅沢な事だと思う。

 以前は、夫から家事の不手際を指摘される事への恐怖感があり、出来るだけ家の中では動き回るようにしていた。たとえば洗面所に髪の毛が1、2本落ちているだけで「綺麗にしておかなかった」罪により極悪非道で家事の出来ない妻の烙印を押されたから、心からぼーっとしてのんびりする事は出来なかったのだ。

 今、一人で暮らすようになった私は、時間は豊富にあるけれど、何をしたいのだろう?と思いつつ、何もする気にならず、ぼーっとしているばかりで・・・これではイカン、と焦る気持ちもあるけれど、「したい事が見つかるまで、ぼーっと過ごしたっていいじゃん」そんな風に思うようになった。

 夫は、多趣味な人だった。器用でなんでも出来る人だった。夫のお陰で色々な経験が出来たのは確かだけれど、それでもいつもいつもダメ人間扱いされ、罵られ、蔑まされ、私は精神的に病んでしまう一歩手前に至った。それは元々の私の資質もあるから夫ばかり責める気はないが、夫から離れてすぐに自分が理想とする姿になれなかったとしても、そんな自分を責める事はない、と思うのだ。

 落ち込み、ぐずぐず言っていて情けない私だけれど、別にそれは恥ずべきことじゃない、と思うのだ。私はまだ、自分探しをはじめたばかり。必要以上に自分を責めるのはやめようと思う。

 私がこのブログをたちあげたきっかけに、ご自身の壮絶なモラハラ体験をブログに綴り書き続けて下さる方の存在があった。とても影響をうけたり、心に響いた言葉をたくさんいただいてきたから、それらの言葉を記していきたいと思っていたのに、まだまだ出来ていない。

 情けない・・・と苦々しく思うけれど、そんな迷える私に今もメッセージを送り続けて下さる事に感謝する、私のリンク先の二つのブログは、一人暮らしをするようになった今も毎日アクセスせずにいられない、大好きなブログだ。共依存症的な生き方をしてきてしまった私は、今までの人生のツケが今まわってきたのだと思う。夫から離れたから問題が即解決、とはいかなくて、これからどう生きるかが私のテーマで、まだまだ五里霧中な状態だけれど、そんな自分を受け入れ、ゆっくり歩いていきたいと思う。そんな心境の今日この頃です。

 って、なんだか全くひとり言をつらつらと大変失礼いたしました。m(__;)m
posted by ブラン at 00:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

二人暮しの思い出(続き)

 夫と暮らし始め、毎朝早起きをするので、出来るだけ22時とか23時までに就寝したくて、平日は時間に追われていた。そして休日は泥のように眠る、そんな日々だった。

 2年目くらいに、夫が人事異動で本社勤務となり、フレックスタイム制になったため、朝の出勤時間がゆっくりになった。6時頃起床。夫が電車通勤になったので、最寄り駅に7時半頃車で送り、一旦家に戻ってから私も出勤する生活だった。
 
 その数年後には、また早起きに逆戻りしたけれど、ハードな毎日でも頑張れたのは、夫と力をあわせていると思えばこそだったと思う。

 私の勤務先に近いところに部屋を借りたから、夫の通勤が大変だった事に申し訳なく思ったし、感謝もしていた。夫の負担を考えれば、そう思うのは自然だと思っていた。

 でも、いつ頃からか、夫との暮らしに息苦しさを感じるようになった。


 朝食は、いつもゆっくりニュースを見ながらとっていた。
 夫の席にはノートパソコンが置いてあって、朝食をとりながらメールチェックやネットのニュースのチェックをしていた。
 私はつい夫に話しかけてしまい・・・夫から「今、仕事のメールに集中しているのが解らないのか?」と怒られたりした。

 確かに、夫の仕事の邪魔をするべきではないと思ったから、パソコンを閉じている時ならいいだろう・・・そう思い話しかける。
 すると「今、ニュースに集中しているのが解らないのか?」冷たい顔で言い放たれる。

 パソコンも閉じてるし、テレビは今CMだ。今なら大丈夫だろう、そう思い話しかけると「で、結論は?お前の話は長いから疲れるんだよ」
 「今のタイミングで話しかけられたら、それまでのニュースにに関連した内容だと思うだろう?最後のオチがあるのかと思って待ってるんだけど。結局なんなんだよ?」


 夫は、私が話す事には厳しい反応をすることが多かった。

 朝はあまりおしゃべりをしたくないのは普通だと思う。だからキツイ事を言ったのだろう。そう理解しようと思ったけれど、朝だけに限った事ではなかった。

 いつも、話しかけるタイミングをはかり、やっと話す事が出来ても、私の話し方はダラダラ長く理路整然としていないからイライラするとか言われる。
 とんちんかんなタイミングで、突拍子もない事を言ったりして、人を不愉快にさせると言われる。
 「お前は本当に浅はかだな」「軽薄だな」

 そんな風に言われる度、私は「ごめんね」と謝った。「気をつけるね」と反省した。私はなるべく気軽にしゃべらない方がいいようだ。言葉を選んでしゃべるようになったが、それでもうまく会話が出来ない自分の事がどんどん嫌いになった。


 夫との二人暮しの思い出・・・気楽に話も出来なくて、「二人でいるのに孤独で、寂しかった」という虚しさ、悲しい気持ちが、心の奥の深い所からこみ上げてくる。

 いつも「ごめんね」と謝り、まずは自分自身の反省をしていた私は、状況がよくなるよう努力したつもりだったのだが、状況はどんどん悪くなるばかりで、全くよくなる事はないのに、更に自分を責めて、苦しんでいた。 

 「ごめんね」 この言葉は私にとって「私が悪いのだ」、と自分を否定する言葉だった。
 この言葉を発した時の私は、どんどん自分をすり減らしていたのだなぁ、と最近になって実感している。



_______________________________


 二人暮しの思い出を書き始めたら、段々と落ち込んでしまい、
 書く気力が沸かず、随分と間が空いてしまいました。
 ゆっくり書き続けていこうと思っておりますので
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
posted by ブラン at 18:50| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月30日

二人暮しの思い出

 夫と最初に借りたアパートは、私の通勤時間は30分位、夫の通勤時間は2時間強、という場所にあった。

 私も夫も車通勤だった。毎朝二人で4時過ぎに起床し、二人で台所に立ち、二人で朝食とお弁当をつくる。
 その後夫は6時前に出かけていく。私は夫を送り出したら台所の片付けをし、掃除、洗濯等の家事をし、8時過ぎに出かけた。


 私は、家であまり母の手伝いをしなかったので、家事をする事に慣れていなかった。
 夫は、共働きの両親の家庭で育ったので、料理でもなんでも出来る人だった。

 だから私は、夫と暮らしはじめ、家事をするようになり、夫に家事を教えてもらったような感じだった。不慣れで手際が悪かったけれど、一生懸命努力していたし、生活は大変だけれど、好きな人と一緒に暮らせる事に幸せを感じていた。


 そんな中、私の記憶で、日常の夫の言動に最初に私が涙した出来事は確か、ある日の台所でのやりとりだった。

 何か料理をしていた時だったと思う。我が家ではいつも料理は夫が主導で、私はアシスタント的な感じだったので、その日も、私は夫の指示でフライパンを吊戸棚から出して、油をひいて、火をつける、という、作業をした時。

 夫が、私のその動作がなってない!と怒りだした。

 夫からすると、フライパンをコンロに置いたら、油を引く前に火をつけた方が効率がいいという訳で、私の「手際が悪い」事を非難したのだ。

 確かに、コンロに、フライパンを置いて、油をひくまでの間、先に火を点ければ、フライパンに熱が行き渡るまで数秒は早くすむのだから時間的に効率がいいのは解る。なるほど、と思う。夫のいう事は間違っていない。

 でも、私は、そこまで冷徹に、辛辣に非難される程の失敗をしたのだろうか?
 戸惑いながらも、確かに夫のいう事は正しいと思ったから「ごめんね」と謝った。

 いつも、納得のいかない気持ちがあっても、夫が正しいと思うから私は謝っていた。
 失敗する私が悪いのだから、当然に謝っていた。


※今朝になって文章を修正したのですが、結局まとまらなかったので後日に続きます 2007.3.31
posted by ブラン at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

10年前の日記(続き)

 私の日記は、夫と一緒に暮らしはじめるまで続いていた。

 1997年から夫と暮らしはじめたので、以後は白いページとなった私の日記。
 最後のページには、こんな事が書いてあった。


1997年8月・・・
posted by ブラン at 22:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

10年前の日記

 一人で暮らすようになり4ヶ月が経った。

 「何もいらない、心が安らげる場所が欲しい」
 家を出る時の私の望みはそれだけだったから、夫と暮らしていた家の中に、私が執着するような物はなかった。

 唯一必ず持って出ようと思った荷物は、昔つけていた日記だった。

 先日、引き出しの中からその日記を出し、パラパラとめくり・・・夫と交際していた頃のページに目をとめた。

 そこには、夫の束縛に苦しむ私の、感情の吐露が記されていた。


1996年10月・・・
posted by ブラン at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

悲しい顔をするのはやめて・・・

 私は、夫の悲しそうな表情に弱かった。

 きっかけの出来事に書いたように、夫に罵られた私は、もう嫌だ、もう辛くて仕方がない、もう限界だ、、、と思った。
 だから「出て行きたい」と口に出して言った。

 しかし・・・それから夫がシュンとして悲しい表情になってしまったので、日が経つにつれて、夫の悲しい表情が脳裏から離れず、動揺し、どうしたらいいのか解らなくなってしまった。
 「出て行きたい」という気持ちをずっと抱き続けられたらよかったが、混乱してしまった。

 それでも、色々な書籍やサイトを参考に、自分の心を守るために、私は夫との接し方をそれまでとは変えることにした。

 具体的には、理不尽に否定的なことを言われた時には、その言葉を理解しようとしたり、反論したり、反省するのではなく、
「そんな事を言うのは止めて!」という感じで、やり過ごすようにする。
 または、答えないで無言で通す。

 今日は自分の心を守れた・・・そんな風に、毎日必死に過ごしていた。
 しかし、毎日緊張状態で過ごさなければならないのがとてもしんどかったし、夫と普通の会話が出来ていない事に気がつき、落ち込んだ。
 私が対応を変えてから、何か衝突があると夫は悲しい顔をしたので、私もそれ以上追及できず、実のある話し合いをする事が出来なかった。

 悲しい顔をされると、私はそれまで必死に、真剣に問題だと思っていた事がどこかに飛んでいき、私が悪いのだろうか?と迷う。

 そんなはずはない、私は充分譲歩し、やっとの思いで少しだけ自分の考えを主張したに過ぎない、でも、どうして解ってくれないのだろう、夫にとっての私は、夫の心を傷つける酷い人間という事なのか・・・理解してもらうように表現するにはどうしたらいいの・・・?

 そんな感じで深みにはまった。自分が変われば良い方向に変わるのでは?と毎日必死だっただけに、どう話しても通じ合えない焦燥感、絶望感で、時に自分を見失う事もあった。

 私は酷い人間・・・私なんて生きているだけで罪で・・・もうダメだ、もうイヤだ・・・そんな精神状態で、何度か自傷行為をしてしまった事もある。あの時は本当に人生を終わらせてしまいたいと願っていた。勇気がなくて実効できなかっただけだから、更に自己嫌悪感を募らせた。

 何故、私は自分を責め、自分の事が許せないのか。生き辛くて仕方ないのか。
 どうしてこんなに相手に振り回されてしまうのか。
 私は自分の心に問題を抱えているようだ・・・。
 私はACで共依存症?と疑った。そこから自分探しがはじまった。


 「私は、生きるのに、あたいする人間です。」
 「自分は、自分のままでいいのです。」
 「自分は、愛するにあたいする人間です。」

 自分探しをしながら、自分に必死に言い聞かせた自己否定感と反対の自分を肯定する言葉。
 呪文のように、毎日言い聞かせ、やっとの思いで生きていた事を思い出す。

――――――――――――――――――――――――――――――

 モラルハラスメントは、精神的な虐待、家庭内のいじめ、ですので、例え表面的には流血の惨事にならなくても、心を破壊する虐待であり暴力行為です。ですから決して許してはいけない!そう思います。

 そう・・・。暴力は許さない!そう思っても、自分のケースがそうなのか・・・となると自信がもてないものでもあります。私も自分自身のケースについて、確かに心身に影響のあるほどのモラハラを受けたと思うものの、自分次第でうまくかわせる部分もあったのか?今もそう思い悩んでいます。
 今後も悩み苦しみながらこのブログを続けていこうと思っております。
 表現が適切でなく、不愉快だったり傷ついてしまう方がいらっしゃったら誠に申し訳ありません。
 そんな時は忌憚なくご意見いただけたら幸いです。

 誰も正当に虐待されることはありません。あなたは悪くない。あなたは、自分を守るために行動していいのです。助けが必要な時に、手を差しのべてくれる人は必ずいます。あなたが、その差しのべられた手に気がついてくれますように。
心から願います。
posted by ブラン at 21:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

モラハラ特集

 昨日のTBSイブニングファイブで、モラハラ特集があるとの事だったので、勤務先で午後6時閉店した後に一人でテレビを見た。
 わが事務所は、交通量の激しい通りに面しているため、大型車両が通るとうるさくてテレビの音が聞きづらい。なので落ち着かなかったけれど、食い入るように見た。

 テレビを見る前に新聞で確認すると、「妻から夫への虐待」と書いてあった。

 被害男性の方は3年前に離婚した、との事だったが、その時の元妻からの虐待について語っていた。
 共働きだった元妻と、家事は分担する約束だったが、男性が家事全般をせざるを得ない状況になり、しまいには男性が家事をしておかないと元妻は不機嫌になり、階段をバタバタと音をたてて上がったり、ドアをバタン!と激しくしめたりして怒りを表現し、男性を暗に、態度により責めたという。

 また、臭いとか汚いとか、子供の前で「ダメ人間」などと暴言を浴びせたという。「悔しかったです」と語る男性は18年間も耐えたということだが・・・

 酷い。酷すぎる。つい甘えて我がままばかり言ってしまった、というレベルではないと思う。

 でも、私も、自分が言葉の暴力を経験していなければ、ピンとこなかったかもしれない。
 そこまで性格異常な人とどうして結婚したの?と思ったかもしれない。はたから見たら、その元妻は全く普通の人で、家庭内で虐待があるなどとは誰も想像がつかなかったのではないか。

 夫側から離婚の相談を受けているという行政書士によると、妻からの虐待は、実は多く相談がよせられているとの事だ。

 私は、「怒鳴ったり暴力的な面を伴わない」言葉による虐待を夫から受けていた。だから、自分自身なかなか気付くことが出来なかったので、この特集の男性にとても共感した。「臭いと汚いとか」という暴言を浴びせられた経験を語られているのを聞き、涙がとまらなくなった。声をあげて泣いてしまった。

 そして、報道の中で元夫から鼻骨骨折をさせられた被害女性の証言もあった。

 鼻骨骨折をさせられる前に壮絶な精神的虐待があり、脱出を決意されていたというのに、脱出を果たす前に起きてしまった不幸な出来事だった。

 しかし、その後に脱出を果たされ、離婚が成立し、
 そして、元妻から虐待を受けていたというその男性と再婚されたとの事。今は最高に幸せです、という言葉に胸が熱くなった。


 この特集は、モラハラ被害者の方からの1通のメールがきっかけでなされたとの事。
 今もモラハラ被害に苦しむ方々にメッセージを送り続けて下さるこのご夫婦には、言葉ではいいつくせない感謝の気持ちがこみ上げてくる。

 ご多幸を願わずにはいられない。
posted by ブラン at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月02日

モラルハラスメント

 きっかけの出来事があってから、私は夫のその時の言動や、やりとりを反芻し、落ち込む、という日々を過ごしていた。

 あの晩、夫は一方的に私を罵ったけれど、私が「もう出て行きたいと思う」と泣きながら訴えてから態度を一転させ、シュンと悲しい表情になった。

 そして、悲しそうに「電話くれないから・・・」「帰ってから一緒にラーメンを食べに行くと言ってたから、待ってたのに・・・」「晩御飯どうするの・・・?」と言った。

 私はその日は仕事で、勤務先から直接会場に向かったのだが、夫は休みで一日家にいた。
 前日からピリピリした緊張感だったので、朝、出かけるまでになるべく余計な会話はしたくなくて、夫から「晩御飯どうすればいいの?」と問いかけられた時、「自分でなにか食べてくれる?」と言う事が出来なくて詰まってしまった。

 夫は料理は上手だし、基本的に自分のことはなんでも出来る人だ。だから、はっきり言って、出かける私への嫌がらせ・・・と言ったら言い過ぎかもしれないが、意地悪だったのではないかと今は思う。でも、その時はこれ以上夫が不機嫌にならないように、妥協案を提示しなければ、と追い詰められていた。

 だから私は、帰ってからラーメンを食べに行く約束をしてしまった。言い訳かもれしないけれどそうする以外無かった。なぜなら、夫の夕飯を用意しておく事は難しかったから。わが家ではいつも、食事のメニューは夫が決めていたから。


 結局、晩御飯はレトルトカレーで済ませた。もう夫は私の帰宅が遅くなった件について触れることはなく、静かにカレーを食べて、お風呂に入って、静かに床についた。

 私はといえば、その日の出来事が頭から離れなくて眠れずにいた。睡眠障害や、体の不調の原因が夫との生活から来るストレスだとそれまでは思ってもみなかったけれど、本当は、気がつかない振りをしていただけかもしれない・・・。
 この辛さは夫が原因?という疑問が燻っていて、もう目をそらしていられないところに来ていたのだと思う。


 私は自宅のパソコンには一切触らないことにしていたので、翌々日出勤した際に、仕事の合間に「モラルハラスメント」という言葉をネットで検索し、いくつかのサイトを読み進み、推薦されていた書籍を入手し駆け足で読んだ。

 その頃の事を振り返っていて気が付いた事がある。

 検索ワードで辿り着いたモラルハラスメント・ブログは、管理人のまっち〜さんの言葉がすっと胸に染み入り、共感することがたくさんあった。なかでも、その時の私はあるページにしがみついた。
 心に響いた記事は他にもたくさんあるけれど、お気に入り登録したのが、モラっぽい?という記事だった。

 夫をモラハラ加害者と確信がもてなかっただけに、私の心を守ることに向かって進んでいいのだと思えたことがとても救いになった。

 答えが欲しくて必死だった私に、最適なメッセージをいただいた。
posted by ブラン at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

TDS初体験(^^)

 昨日はTDSに行ってきました。

 ご一緒させて頂いたのはディズニーが大好きな二人のお方。
 「私TDS行った事ないんです〜行ってみたいな〜」と、TDLとTDSとどちらに行くか、という話の時に主張してみたらTDSに決定しました。(^^)あ、決して昼間からお酒が飲める!と目論んでいたのではありません。確かに昼食の時に赤ワインと生ビールをいただき、ご機嫌でにっこにこでしたが。(笑)

 それにしても、はじめての私と違って、まずはこのアトラクション、次はあそこ、、、とほとんどガイドをお願いしたかのように案内して下さったので、お蔭様で着実にアトラクションをこなし、とても充実した時間を過ごす事が出来ました。

 こういう楽しみを共感出来る、というのは本当に感動なのです。
 なにせ、夫とTDLに行った時はつまらなそうで、付き合わせて悪い事をした、と思ってしまったから。
 夫とは映画もダメでした。映画館で2時間も座っているのが苦痛だそうで、それならドライブに行ったり、景色のきれいなところに行って自然を満喫する方が好きだ、と言われたので、夫の希望を尊重していました。それはそれで良かったのですけど。。。思い出すと暗くなります。(^^;)


 本題に戻りますが、本当に昨日は童心に帰りました。
 ジェットコースタータイプのアトラクション、フリーホールタイプのアトラクションでは、「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜」と思い切り絶叫しました。絶叫なんてするの、はじめてなんです。
なんだかすっきり爽やか、心にたまっていたものを放出した気分です。

 マーメイドラグーンシアターでは、思わず涙ぐんでしまいました。
 「リトル・マーメイド」のアリエルと仲間たちが贈る勇気と友情のミュージカル、とパンフレットに書いてありますが、人魚のアリエル役の方の演技は本当に可愛いかったし、空中でグルグル回るのはすごい技でした。まるで本当に海の中でショーをみているようで素敵で、お魚役のダンサーの表情も愛嬌があってよくて、皆でショーを盛り上げてるって感じが感動だったのです。

 ディズニーは夢があっていいですね。
 レストランにしても何にしても、パーク内のスタッフ皆さんが、お客さんが楽しむためのお手伝いをします!といった雰囲気に溢れていて、そういうのに私は弱いです。(^^)

 「愛と夢のあるテーマパーク」ディズニー万歳!

 楽しい時間を過ごせた事に、心から感謝します。
posted by ブラン at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

きっかけの出来事

 「お前は本当にダメなやつだ」「何をやってもダメだ」「また失敗した」「ばか」「あほ」

 夫から投げつけられるこれらの言葉に、私は感謝していた。私のためを思い、あえて嫌な事を指摘してくれて、夫だけが本当のことを言ってくれる。私はますます夫に信頼を深め、前向きに努力を心がけたものだった。

 しかし、それが真実であれば、着実に弱っていった私はなんなのか、という事になる。私は、自尊心が低すぎたから、自分の心を守れなかったのだと今は解るが、あの頃は全く気がついていなかった。


 昨年の2月上旬頃、私ははじめて心療内科にかかった。

 度々悪夢にうなされ、自分の悲鳴で夜中に目を覚まし、気がついたら、天井から降りてくる大きな蜘蛛に恐怖していて、布団から蜘蛛をはらう仕草をしているところで我に帰ったりということがあった。
 慢性的に睡眠不足だったし、動悸で苦しかったし、落ち込んだ精神状態が続き、仕事に集中出来なくて支障が出る、そう思い相談にいったのだった。

 心療内科で私は、原因は仕事のストレスだと思います、と伝えていた。夫のことばの暴力が原因だとは思ってもみなかった。

 だが、同じく昨年の3月のある日、夫との暮らしが辛くて仕方ないと、はじめてはっきりと自覚する出来事があった。

 そのきっかけの出来事は、私の高校時代の部活の、顧問の先生が定年退職されるのでお祝いの会食が開かれ、出席した日に起こった。
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posted by ブラン at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

サイトの紹介

 今週から、私の休みの曜日が変わった。今日がその休みの日だったので、私は友達の子のお見舞いに出かけてきた。
 メールで、子供が入院したことを知らせてくれたのが一昨日。「大丈夫?とにかくお大事にして!」「ありがとう」とやりとりをしたが、電話でお見舞いに行ってもいいか話すことが出来たのが昨夜だった。

 友達と色々話すことが出来てよかった。私に出来ることは、話を聞くくらいしかないのは解っているけれど、それでも出来ることはしておきたい。これから何が出来るだろう・・・そう考えながら、私は別の事にも考えを巡らせていた。

 この友達とは、昨年の私の家出前日の夜に偶然ばったり会ったのだが、半年以上振りに会った私の様子が尋常でなく、実は翌日家を出るので準備しているところだ、と言うとすぐに理解し、応援し、励ましてくれた。家を出る事に最後まで悩んでいた私は、この偶然にも背中を押された気がして勇気がでた。

 そして私は、夫から「お前の周りにはろくなやつがいない」と言われた時に、反論できなかった事が許せなくて今も悔やんでいる。

 これからは、自分の大事な存在を、思うまま自由に大事にすることが出来る。そうしなかった今までの自分を決して忘れない。

 夫にはいいところもあった。今は謝罪一辺倒の夫の事をもう一度信じてみようか、と自分に問いかけてみたが、私の心はその問いかけに暗く沈黙した。

 それが答えなのだと思う。 
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 前置きが長くなりましたが、今日は、私がいつも更新を楽しみに訪問させていただいているブログを紹介させていただきます。

 こころの声に耳をすませて

 壮絶なモラハラ体験を綴られながらも、聡明で暖かいお人柄が伝わってくる、ウメさんのブログです。

 脱出を果たされる経緯は、拝見しながらドキドキ引き込まれたものですが、一歩一歩進まれるウメさんからは、励ましのメッセージを感じています。

 そして、ブログのタイトルは、迷った時に自分に問いかける言葉になりました。(^^)
posted by ブラン at 22:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

冤罪事件?

 昨夜、はじめてこのブログに記事を書いたせいか、床についてからも、自分が結婚生活で味わった苦しさについて考えていた。

 私は夫から言葉の暴力を受けていた、と思う。
 「お前は本当にダメなやつだ」以外にも「何をやらせてもダメだ」とか「何をやらせてもぐずだ」とか「何回言ってもダメだな」とか似たようなことをたくさん言われた。

 私は夫と暮らすようになってもずっとフルタイムで仕事を続け、ずっと共働きだったが、夫の方が通勤時間が長かったし、仕事の内容も大変だったから、家事は私が中心にするのは当たり前だと思っていた。夫が洗濯機を回してくれたり料理をしてくれれば心から感謝した。
 出来るだけ夫に家の中で快適に過ごして欲しくて、仕事と家事の両立に、不器用な私なりに頑張ったつもりだった。そして夫も、二人で過ごすための時間が何より大事だといい、仕事以外の時間は私と過ごそうと努力し、休日にはお互い疲れていても無理をしてでも外出に連れ出してくれていたから、他人からみれば私たちは相思相愛のとても仲睦まじい夫婦に見えただろう。

 だが、夫は「ありがとう」とか「お疲れさん」等の私を労わる言葉はかけてくれなかった。どころか、些細な私の失敗を冷徹に追及するようになっていった。頑張ったこと、努力したことは一切評価しなかったが、行き届かない事は指摘した。

 私は徐々に何かがおかしい・・・と不安を募らせていった。
 夫が寛大で、私の行き届かない点に目を瞑ってくれているから夫婦生活が円満に行っているのだというような状況が出来上がっていき、最後には、何をやってもダメ出しされる恐怖で私は夫からの言葉にピリピリし、情緒不安定であったと思う。

 あの苦しさを人に説明するのは難しい。そう思い、昨夜布団の中で考えをめぐらせていてふいに思った。

 「痴漢の冤罪」に似ているかも!

 痴漢の冤罪被害者の方からすれば「ちょっと待て!」と思われるかもしれない。勝手なことを書いて全く申し訳ないが、それくらい、言いようのない説明しがたい苦しみだったのだ。「そこにいたのだから痴漢したに違いない」という決めつけ。私も、何かあれば、最初から私のせいだという事が決まっていた。
 


 ・・・という事で、私なりに思うことをかいてみた。

 モラルハラスメントとは、「言葉の暴力」、「精神的虐待」、「家庭内のいじめ」等と言われているが、イマイチぴんと来ない方の方が多いだろう。実態はとても解りづらいと思う。

 だから、私の言葉で、私なりに書き綴ることで、言葉の暴力に苦しむ方が、またその周囲にいる方が、状況を理解するための何かのきっかけになったら・・・いささかおこがましい気もするが、そのように願い、これからも思うことを綴っていきたい。私自身、「モラルハラスメント」という言葉に出会い、関連サイトや書籍を読み漁るにつけ衝撃をうけつつ、とても救われた事を思い出しながら。
posted by ブラン at 22:58| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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